ヒスイ海岸、硬玉、軟玉

 今年に入って、久しぶりに北陸新幹線で富山―東京間を往復しました。「かがやき」の座席に座ったら、ご存知のように、目の前の座席の背のネットに、JRのPR雑誌が入っています。今回は右上に『北陸新幹線 7・2023』と表示した『西Navi 北陸 2023年7月号』でした。テーマは「どうして こんなに!? 石のまち糸魚川」です。

 つまり新潟県の糸魚川周辺の姫川あたりのヒスイ峡、国の天然記念物に指定されている一帯の地域ガイドでした。

 ヒスイと言えば、糸魚川のヒスイと並んで、富山県側の朝日海岸でも採取できるのですが、今回手にしたPR雑誌には、残念ながら富山の「と」の字も出てきません。もっぱら新潟のヒスイの話です。ご近所の“よしみ”じゃないですか、一言でいいから富山に触れても良いじゃないかと、大いに落胆してしまいました。

 …まあ、それはそれとして、私には忘れられない思い出があります。30年ほど昔、朝日海岸でこんなことがありました。

 小学生だった我が子の夏休みの宿題で、富山湾に注ぐ全ての河川の河口の観察をしました。富山県の河川の研究でも、小学生なら“上流から河口に向かって下る川の姿、川床の石の形状や川幅”の研究が定番だろうと思い、私たち親子は西から東に向かって海岸線に沿って河口をトレースしました。

 我ながら、よくぞこんな面倒くさいことをしたものだと思いますが、さて、その最終日のこと。朝日から富山へ戻る帰り道、時間が余ったので、朝日海岸の波打ち際をヒスイを探して歩き回りました。

 かなりの時間を費やしたあげく、親指の爪くらいの小石のカケラを3個拾いました。それは、緑の色といい、ツヤといい、透明度といい、ヒスイという絶対の確信がありました。

 さらに、海岸にチョロチョロと下り注ぐ排水路のような小川の川底をひっくり返していて、ニワトリの卵ほどの、平たい楕円形の、スベスベの、鈍い深緑色の、小石も拾いました。

 当時、海岸近くに個人営業のヒスイの売店があって、鑑定もするとの看板が立っていました。もう夕暮れ近くになっていましたが立ち寄りました。鑑定の結果、3個の小石は期待どおりヒスイでした。店内の見本と比較すると、形こそ極々小さいけれど、色もツヤも遜色のないものでした。

 ニワトリの卵ほどの平たい楕円形の石ですが、“ネフライト”といって、これもヒスイの一種だとのことでした。透明感が無かったので心配だったのですが、年配の店主は、長らく朝日のヒスイを研究してきた人で、この石を一目見るなり、これもヒスイの一種と太鼓判を押してくれたのでした。

 その時の鑑定を疑ってきた訳ではないけれど、最近になって買い求めた『日本のヒスイの本』によると、いわゆるヒスイは硬玉と言われるもので、ネフライトは軟玉と言われ、これまたヒスイであり、古代中国ではネフライトが最高の宝石だったと書いてあります。

 そしてこの本には「いまでもヒスイ原石を採集できる土地がある」との見出しのもと「越中宮崎駅前のヒスイ海岸。ヒスイ原石を採集できる海岸として全国の天然石ファンに知られている」と紹介されています。また、考古学上で最大の大珠は約16センチ、富山県の朝日貝塚(縄文時代中期)から発見されているともあります。

 ちなみに30年前の当時、子どもとの採取に先だち、偶然に、私は公的な集団10人ほどの一員としてその鑑定小屋を訪ねたことがありました。その時の老店主によると「糸魚川姫川のヒスイと朝日海岸のヒスイは鉱脈の系統が違う。朝日の海岸のヒスイは、姫川のヒスイが富山湾に打ち上がったものではない」とのことでした。

 その老店主は、朝日のヒスイの主(ヌシ)と目される人だったので、その話は本当だろうと、私は今も信じています。

 …というわけで、先の新幹線の『西Navi 北陸 2023年7月号』は、北陸新幹線の中に配布されていたんだから、一言、富山のヒスイのことが書いてあればなあと、まあ、残念に思う次第です。

(引用参考文献)
『西Navi 北陸 2023年7月号 Vol.101』 ㈱JR西日本コミュニケーションズ 2023年7月刊
『日本ヒスイの本』北出幸男著 青弓社 2022年6月刊