“十二単”のカレンダー
一口に「絵本」と言っても、その形態は千差万別です。私が第一に推奨したくなるのは(私は、絵本が好きなんです)、イタリアのグラフィックデザイナー、ブルーノ・ムナーリ(1907~1998)の邦題が『きりの なかのサーカス』という絵本です。
トレース用紙を使って、裏表がスリガラスのように濁って透けていて、それが何枚も重なっていて、霧の立ち込めるイタリアのミラノの街を、奥深く“立体的”に作り出します。そして、その紙をめくるうちに、サーカスのテントの中に入っていきます。
そこでは、紙質のしっかりした赤青黄などのページに、サーカスの演技者が現れ、しかも、各ページに大きな丸い穴などが開いていて、その穴が、ページごとに銅鑼だったり、弓の的だったりと、いろいろ見立てています。やがて、再びトレース用紙のページに替わり、屋外に出て、終了です。
こうした紙の特性を自在に操る絵本を見ると、絵本は子供の物だとは言えなくなります。絵と活字の併存する読み物だとも、言えなくなります。作者の機智と全能を傾けて創り出した面白さが、読者の感性を刺激してやみません。ムナーリのオブジェは、富山県美術館のシュールレアリスム詩人、滝口修造のコレクションにも収蔵されています。
さて、“ふれるものをみな芸術作品にしてしまう”といわれるムナーリには、伝説のデザイン教本のシリーズと言われるものがあり、最近2冊が邦訳出版されました。『空想旅行』『点と線のひみつ』です。いずれも、紙質は硬く、大人の手のひらよりちょっとだけ大きく、銀色の表紙には、21個の穴が開いています。
実は、この教本を買ってはみたものの、どちらかというと、ムナーリの名声に惑わされて購入した気味があって、ムナーリの意図が解りかねるのです。
無駄な本を買っちゃったかなぁと、内心思ったのですが、そんな時に、たまたま、書店で平積みになっていた『デザインのひきだし35』という本を手にしました。
この本はデザイン関係のプロ向けで、これは日本の本なのだけれど、風変わりな本で、気になって気になって、各号が店頭に並ぶたび、立ち読みしていました。
今回の35号も、手に取るだけのつもりでしたが、ムナーリの『空想旅行』の解説が2ページ載っていたので、大いに納得して、道案内のつもりで、買ってしまいました。
今回の『デザインのひきだし35』は“「紙の加工」徹底攻略ガイド”と副題にあるとおり、丸ごと1冊、ページを繰るごとに、紙の様々な使い方、可能性を、これでもかこれでもかと、読者にぶつけてきます。しかも言葉で説明するだけでなく、実際に穴の開いたページがあったり、厚みある台紙を斜めに縁取ってみたりと、紙の不思議な世界に誘おうと編綴されています。この書籍の編集者は、さぞかし力を込めて楽しかっただろうと、知恵の塊のような現場の苦労と活気が立ち上がってきます。
こうして件の『空想旅行』の解説を読み終えたところで、更にページをくっていたら、紙の利用法の一つとして、「十二単(じゅうにひとえ)のカレンダー」というものが、製作者の苦労話とともに紹介されていました。他のページの、紙のプロフェッショナルに負けず劣らず熱気のこもる1ページです。
〈通常、カレンダーは上からめくっていくが、これは一番最初に11枚めくって1枚の状態から始まり、月ごとに違う色・かたちの紙がどんどん重ねられていく。季節ごとに変化する色と文様、12カ月で12枚の紙が重ねられていく様子から「十二単」を表現した〉斬新なものです。
そして、製作者の言葉が、
「毎月のシートが360度回転する必要があり、重ねた際の絵柄も見え方も重要で難しい製本だったため、製本の方などと相談しまして見当が合いやすいドンコ穴+ダブリング製本を採用しました」(山田写真製版所)
と紹介され、
〈斜め裁断、手丁合というきめ細やかな職人の手作業により、精度の高い美しいカレンダーが実現した。〉と、話は締めくくられています。
ふと気づけば、なんと、このカレンダーの製作会社は富山の会社でした。私は、わが不明を恥じることも忘れて、富山の風土が育む機智と知恵の確かさを実感した次第です。
(引用参考文献) 『きりのなかのサーカス』ブルーノ・ムナーリ作 八木田宜子訳 好学社 1981年6月刊 『NELLA NEBBIA DI MILANO』Bruno Munari EMME EDIZIONI 1979 『THE CIRCUS IN THE MIST』Bruno Munari The World Publishing Company 1969 『空想旅行』ブルーノ・ムナーリ著 阿部雅世訳 ㈱トランスビュー 2018年7月刊 『デザインのひきだし35』グラフィック社 2018年10月刊