民藝運動のドナルド・リーチと、西崎一郎さん

1953年10月19日付け絵日記に添えられた「五箇山」素描

 戦前から、民藝運動という芸術運動があります。
 もともとからの伝統的な芸術、美術と言われてきたものではなく、庶民の普段の生活の中で使われてきた雑器等に、『美』を見出し重視し、日本の中で大きなムーブメントになっている芸術運動です。

 この運動の中心に、柳宗悦(やなぎ・むねよし1889-1961)や富本憲吉(とみもと・けんきち1886-1963)などに混じって、バーナード・リーチ(1887-1979)というイギリス人がいましたが、漠然と名前を知るだけでした。

 たまたまいつもの書店で、講談社学術文庫に「バーナード・リーチ 日本絵日記」というのがあったので、日頃の疑問解消の一助となればと思い、本人の著作に当たるのが近道と、購入しました。

 この絵日記は、リーチが、昭和28年(1953)2月16日から翌年29年10月26日まで日本に滞在し、その時に書いたものでした。勿論、原文は英文です。私が手にした文庫は、その英文の原本を、当然ながら日本語に訳したものです。

 読み進むと、思いもよらないことに、この著名な芸術運動家の一行が、富山県を訪れ、その様子がこの絵日記に記されているのです。

 そうかぁ、彼らは富山へやって来ていたのか……それは、28年10月16日から23日にかけてのことでした。

 絵日記によると、当時の富山県知事の歓待を受けたこと、ビニロン大工場を見学したことのほか、次のように記されていました。

 城端へ赴き、大きな別院における地元の民藝協会の会合に出席した。―中略―男ばかりの見事な民俗舞踏を見せてもらった。この踊りは男らしい力と活気にあふれ、しかも的確で、私も参加したことのある英国の民族舞踏と比べて、相当私の方が引け目を感じたほどだった。

 あるいは、

 次の村でも別の戸外行事があり、丈の高い杉林に囲まれた神社の背景が素晴らしかった。―中略― 日本の民謡と踊りは、このようにいいものなら世界の人々にも知らすべきだが、残念なことに、我々に旧式だと思われはしないかと考えて、それを恥しがる近来の日本人が多いのである。

 などとあります。このような日本人の西洋コンプレックスは、当時の富山にもあったのでしょう。こうした感想などを抱きながら、リーチの一行は、五箇山などにも出かけ、やがて金沢へと向かったのでした。

 この文庫の巻末には生誕から歿までの「バーナード・リーチ年譜」が付いていますが、この富山の件は、年譜には記述されていないので、私にとって、本文を読まないと気付かなかったはずの、思いもかけぬ出来事でした。

 で、さて、実は、私がこの「絵日記」で一番驚いたのは、この箇所ではないのです。 
 この文庫本の巻頭の「学術文庫版へのまえがき」によると、この文庫本は、昭和30年(1955)に毎日新聞社から出版された日本語訳の単行本を底本としていることが分かります。

 そして、この文庫本に収録されている底本の「序(旧日本語版)」は、次のように書かれ締めくくられていたのです。柳宗悦の文章です。

 私の名が訳者を代表して出されているが、翻訳についてはお茶の水女子大学教授西崎一郎氏に一部の協力を得、また毎日新聞社の諸友の協力によったことを明らかにし、この本の出版に関して受けた厚誼を深く感謝したい。                              

 昭和三十年三月十日  柳 宗悦

 ここに記してある西崎一郎さん(1903-1983)は、富山県出身の英文学者で、旧制富山高校では、ヘルン文庫で小泉八雲の研究をしていた人なのです。

 日本の民藝運動における貴重な書籍の出版に、富山県人が尽力していらっしゃるとは………、嬉しかった。

 ちなみに西崎さんについては、日本はもとより海外の小泉八雲すなわちラフカディオ・ハーン(ヘルン)の研究で大きな評判をとった小泉八雲の「英文学講義集、The Complete Lafcadio Hearn Lectures (In Four Vols).」(完全版、全4巻)の出版元である北星堂の案内書(1938年版)によると、次のように出ています。

 弊堂が未發表の(東京帝国大学における)諸講義を全部網羅せる、この完全版刊行の計畫を立てましてから、(小泉八雲)先生の愛弟子であつた田部(隆次、富山県出身)、落合(貞三郎)両教授は、改めて當時のノートより収録し嚴密な校訂を施され、更に富山高校ヘルン文庫の西崎教授に嘱して故先生の全藏書を博捜校合して貰い名實共にこゝに完全版としてのヘルン文學評論の全貌を明かにした次第であります。幸にして本講義は今や世界的に高評を博し、先きには英吉利の一大批評家センツベリー教授より、又本書完成の際同じく英吉利の大文豪キップリング教授より賞賛と激励の私書を寄せられ、ロンドン・タイムス紙は「北星堂版の其何れの部分を見るも決定版の烙印を捺されて居る」と讃辭を掲げて廣く歐米の英文學界に紹介しました事は弊堂の光榮と欣快之れに過ぎない次第で御座います。

カッコ()は千田による注

(引用参考文献)
『バーナード・リーチ日本絵日記』ドナルド・リーチ著 柳宗悦訳 水尾比呂志補役 
  講談社学術文庫 2018年8月第17刷
『経営者 柳宗悦』長井誠著 水声社 2022年1月刊 
『北星堂出版図書総目録 The HOKUSEIDO PUBLLICATIONS 1938』北星堂書店 昭和13年刊

 

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