<追悼 内田裕也氏>「コミック雑誌なんかいらない!」

「実業之富山」2010年5月号より再掲

 今から考えると、一九八五、六年のことだったようです。当時、週刊誌に、奇妙な写真が載りました。

 ニューヨークのハドソン川を、洋服を着た日本人が、おぼれそうになりながら泳いでいる写真でした。その日本人は、歌手で俳優の内田裕也氏です。

 写真は、東京の百貨店が仕掛けた広告だったのですが、随分と印象深くて、今にいたるまで憶えています。

 最近、その写真と同じような場面を表紙にした図書を書店で見かけ、思わずページをめくりました。

 図書は、内田氏が実名で登場する小説です。著者は芥川賞作家のモブ・ノリオ氏。中に次のような記述がありました。

〈これまで内田裕也の映画は、俺に引っかかりまくりなわけ。『餌食』、『水のないプール』、『コミック雑誌なんかいらない!』この四本は、凄いってだけじゃなくて、ほかに似てる映画を探すのが難しい。オリジナルだと思う。丨中略丨とりわけ『コミック雑誌』のような映画はね、日本人が作っておかなきゃいけない映画だったと思う。《日本民族の誇り》っていう言葉を、俺はこの映画に関しては、自信を持って使いたいよ。〉

 映画『コミック雑誌…』は、一九八六年制作で、内田氏が主演しています。かねて評判ながら未見だったので、これを機会にDVDで鑑賞しました。

 DVDに付いている説明文によれば、「(内田が扮する芸能レポーターの)取材を追う中で、実際に一九八五年に起こった有名人のスキャンダルや社会的事件に触れ、さらにワイドショーに踊らされる大衆への皮肉も込めて描いた衝撃の問題作」とあります。

 題名の由来は、現実の日本の社会ではコミック雑誌よりも面白いことが起きている、ということなのでしょう。

 確かに、すごい映画でした。

 この作品が、国内の映画賞を独占し、カンヌ映画祭では絶賛され、さらにニューヨーク近代美術館で上映され、はたまた、ニューヨークタイムズでは二度にわたって特集記事が組まれたというのも、むべなるかなです。

 さらに、その当時、奇才、武智鉄二監督が、同業者の立場で、次のような共感を寄せています。

〈内田さんの『コミック雑誌なんかいらない!』を、昨夜拝見しました。僕らの言葉で言う、間の取り方、素朴なリアリズム的な物を重ねるというやり方は、私とよく似ているなと思いました。〉

と、……さて、本題は、この映画の監督です。滝田洋二郎氏なのです。

 氏は、二〇〇九年、映画『おくりびと』で米国アカデミー賞外国語映画賞を受賞した、富山県出身のあの滝田氏です。

 映画『コミック雑誌…』は、滝田氏が成人映画から一般映画に転じて監督した第一作で、それが早くも世界的な評判を呼んでいた、ということなのです。

(引用文献)
『JOHNNY TOO BAD 内田裕也』モブ・ノリオ著 文藝春秋 平成二十一年十月三十日刊

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