『イチローの流儀』に出会う

 その日、家人と外出していて、時間調節のため郊外の喫茶店に入りました。

 しばらく取り留めのない話をしていましたが、やがて話題の矛先が、私の枕元に乱雑に積んである雑誌や書籍に向いてしまいました。家人は、私が日ごろ富山関連の記事を収集していることを知っているので、  

「富山のことが書いてある記事を探すのもいいけど、時間がかかって大変ね」

「いや、そうでもないけど…」

「溜まっている雑誌なんて、捨てたらいいんじゃないの? 部屋も片付くし」

「いや、雑誌は記事が多様だから見過ごしが多いんだ。2回3回と読み返すと、富山関連の記事が見つかることがあるので、そう簡単に捨てられない」

「熟成なの? 雑誌はそうかもしれないけど、書籍は、あてもなく読んで富山の記事を探すなんて非効率だわね」

「いや、書籍は、富山の記述を探索するためだけに購読しているわけじゃないよ。多少は狙っているけど、内容が面白いから読んでいるんで…、時間の経過は気にならないよ」

 と言いながら、私は、席を立って、喫茶店の書棚から女性向け雑誌をとり、戻ってきました。女性向け雑誌なんて、周囲の好奇の目は多少気になりますが、普段読む機会がないので、こういうときはチャンスです。

 家人も文庫本を書棚から取って来て、読み始めました。

 やがて私は、家人の手元の本が気になって、

「その文庫本、チョット見せてよ、何?」

「プロ野球のイチロー選手の本よ。すごい努力家なのねェ」

「そうらしいよ、チョット見せてよ」

 私は、その文庫本『イチローの流儀』を受け取り、パッと開いたら、いきなり次のような記述が出てきました。

 イチロー選手は、シーズン中に睡眠不足でもバッティングに支障をきたさないようにと、わざわざ睡眠不足にして体調の変調を体験しているとのことでした。そうした慎重な仕事の流儀に続いて、こう書いてあります。

〈かつて睡眠のトラブルが表面化したとすればオリックス時代に一度だけだろうか。1999年8月24日、富山での遠征で下柳剛に死球を喫し、右手首を骨折した時だった。〉

〈1994年からの連続試合出場は763で止まり、再びそのシーズンで打席に立つことはなかった。強度の打撲と球団は発表していたが、本当は右手首外側、尺骨と呼ばれる箇所に小さな亀裂が見つかっていた。〉

「ほら、ここに、富山のことが書いてあるよ、見つかった」

「ウソでしょ?」

 家人は、手品を見ているような目つきで、私と文庫本を交互に見ています。無理もない、私は、いま受け取ったばかりの文庫本を、パッと開いた正にそのページに、富山の記述が出ているのですから。

「タネも仕掛けもないよ。この文庫本は今日初めて手にした本だよ。イチロー選手関連の本を手にするのも、今日が初めてだよ。そもそもイチロー選手に富山でアクシデントがあったなんて、今初めて知ったエピソードだよ」

 こうした偶然は過去に何度か経験しているので、私は格別驚きませんが、誰も信じてくれません。しかし、今回はちゃんと証人がいます。

 イチロー選手には気の毒な富山の出来事になりますが、私には、実に晴れがましい思い出となりました。

 (引用参考文献) 
『イチローの流儀』小西慶三著 新潮文庫 平成21年1月刊

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